まちづくりびとの性
「まちづくり」などに真剣に取り組んでいる人たちと話をすると、こんな言葉がでてくることがある。「いくらいいことをしようとしても、みんなはなかなかわかってくれない。何で自分ばかりがこんなに苦労しなくちゃいけないんだろうと思うことがある。」私自身も正直いってこんな風に思うことがあります。とくに活動に深入りすればするほど「ハマッタナ」という感じです。
「もっとやりたいんだけど気持ちがのってこない」「自分にもっとやる気を出させたい」こんな思いになったこともあります。なんとか元気な自分を取り戻したい・・・と
でも、よく考えてみるとその出発点はそこに「そうしなければいけない自分の性格」があったから、理解者が少なかろうと多かろうと、自分自身がバカバカしく思え周りに腹を立てても、最終的には、その事柄に対して自分が納得できるのかできないのか、つまり「そうせずにはいられない何か」があるのなら、その気持ちに素直に従うことが大切なのではと考えるようになりました。
現在の社会風潮からいえば、地域リーダーやボランティア活動というのは、結局少数者の仕事になっていることが現実です。「自分との葛藤」「活動をする環境との葛藤」などなど「葛藤」だらけの気もするわけですが、「じゃあやめりゃーいいじゃん」と言われたとき「自分の性」を考える今日この頃です。