ある少年の話
少年は、岩の上にそそり立つ大きな1本の松を見た。荒々しい木肌、ぐねぐねと伸びた枝、凛とした葉っぱ、ガチッとした根、根の下の岩には大きな裂け目があった。「すごいなぁ」と妙な感動を覚えた。
その少年は、いろんなものに憧れていた。時には鳥のように空を飛び、時にはチーターのように地を駆け抜け、時には魚のように水の中を泳ぎまわる。そうなれたらいいなと思っていた。
テレビでやっていたウルトラマンが好きだった。仮面ライダーもジャイアントロボもモーレツア太郎も国松もパーマンもレインボーマンも大好きで自分もなれる思っていた。男の子は、いつも夢を見ていた。いつも夢の中でヒーローになっていた。田んぼや畑、川原も砂山も彼にとっては、ヒーローの登場する舞台だった。でも、いつも怒られていた。
少し大きくなり、映画も見るようになった。ブルースリーやロッキーやジェームスディーンが好きだった。自分の愛する人や自分の誇りを掛けて闘う人に憧れた。その頃、世の中のイヤな現実とも出会うようになる。「自分は何のために生れてきたのだろう」と考えるようになる。考えても考えても答えは見つからない。ジレンマと葛藤のの中で、怒りやエネルギーのぶつけどころもわからず、大声で叫んでみたりもした。そんな時、池に浮かぶ浮き草をみつけた。浮き草を見つめ妙な共感を覚えた。
彼も少し大人となった。彼は地面から這い出てきたような人達と出会う。カッコイイとはいえないが、何よりもこの町やここに住む仲間が好きでたまらない人達だった。そして、汗だくになったり、語り合ったり、笑ったり、泣いたり、殴りあったりしながらの付き合いの中で、彼はここで根を張ろうと思った。根を張ろうと思ったが、時にはカンカン照がつづいて干からびそうになったり、土砂降りが続いて腐りそうになったりもした。この地に真に生きることの大変さも感じた。しかし、自分たちの大好きなこの町を育んでいくには、カッコよくはないがこうしてしくしかないと考えた。もう少し大人になり、ふと周りをみると皆もそうだった。他の地域にもそんな人はいた。
彼は、この頃ふとあの時みた岩の上の松のことを思い出す。あの松も好んであの上に種が飛んできたのではない。しかし、次代に何かを残しために、生きていく決意を固めた限りは、精一杯生きようとしてきたのだと思う。少しづつ少しずつ堅い岩に根を張り続け、岩を割りあのような姿になったのである。あの時見た岩の裂け目は今も少しづつ動いていると思う。あの岩が生きようとし根を張りつづける限り。